鶴岡の食文化を紡ぐ人々
No.045 〜麦きり〜
寝覚屋半兵衛 6代目 菅原義幸さん(鶴岡市馬町)
庄内人であれば夏になると食べたくなる、そんな季節の食の一つが麦きりです。麦きりは、この地域のそば店や飲食店では当然のようにメニューの一つになっていますが、実はほかの地域ではほとんど名前が知られていない独自の麺です。今回は家族連れでにぎわう大山の寝覚屋半兵衛さんに取材させていただきました。
6代目 菅原義幸さん
伝統はあるけれど詳しいことは謎の麦きり
麦きりとは、そもそも何なのか。一番気になる点ですが、元々が庶民の食であるため、発祥がはっきりしないというのが実のところです。お話を聞いたのは寝覚屋半兵衛の6代目、菅原義幸さん。「一概には言えないのですが、こちらではうどんのことを『ムギ』と呼んでいたという話があります。一説ではそこから、飲食店で出す時に、伝わりやすい名前として『麦きり』と呼ぶようにしたと言われています。」
乾麺をうどん、生麺を麦きりと呼ぶ説もあります。有名な秋田の稲庭うどんが乾麺で流通しているため、そちらと区別をさせるために麦きりと呼んでいるのではないかとも言われています。そば粉で作った麺はそばきりとも呼ぶことから、麦で作った麺を麦きりと呼ぶのは自然なことかもしれません。
にぎわう店内
寝覚屋半兵衛は、創業明治6年。初代の当主、三郎氏が当時麦きりの味にかけて名高い湯田川村のそば屋で修業をし、味を受け継ぎ新たに店を開いたことからはじまります。寝覚屋半兵衛ではその秘伝の麺とつゆの製法を代々受け継いでいます。麦きりと言う名前が県外にも知れ渡ったのは義幸さんの父親である5代目幸志さんが一役かっているようです。お店を広げ大人数の受け入れもできるということで知名度も上がり、次第に麦きりの名が定着することにつながったようです。
モチモチした寝覚屋半兵衛の麦きり
麦きりは、現在はいろいろな商品も出ているため、これと言う定義づけがされているわけではないのですが、一般的な製法としては独自のブレンドであわせた小麦粉を塩水で練って、伸ばし、細く切り、麦きりになります。切ってすぐ茹でるとコシのある麺になり、少し寝かせるともちもちのふんわりした食感になると言います。
木製の板または箱に、茹で上げた麺を冷水で十分に冷やし、人数分盛った、板盛りと呼ばれる方式で出されるのが元々の麦きりの食べ方であると伝えられており、寝覚屋半兵衛では、メニューが『一枚』とよばれる3~5人前で出すものを基本にして、お品書きが作られています。かつては行事やおまつりごと、ハレの日、冠婚葬祭の時など、家で大人数で集まる機会が多くありました。そういった時に出される食事として、何人でも分け合うことができ、時間をおいても食べられるということで、板盛りの麦きりは親しまれていたと考えられます。家族構成の変化や時代の流れで、現在は1人前の麦きりメニューや、乾麺なども流通しています。こういった背景もあったため、次第に麦きりの定義自体もが広がっていったのかもしれません。
分け合う板盛り麦きり
伝統の味を守っていきたい
寝覚屋半兵衛では約10人、繁忙期にはさらに多くの従業員が働きます。その方たちを取りまとめる義幸さん。学生時代なども長期休暇の際などは家の手伝いをしていました。サラリーマンとして働いていた義幸さんですが、ずっと続く伝統の味を一生懸命守っていた先代の姿を幼いころから見ていたので、この味を断つわけにはいかないという思いはずっと持っていて、いつかは自分が継ぐことになるんだろうと考えていたそうです。
ゆであがると素早く水でシめる
義幸さんは2011年に帰郷し、2年の修行ののち、2013年から6代目として働き始めました。麦きりの魅力をお聞きしたところ、「なんといってものどごし・冷たさ・コシです!」とハキハキと答えてくれる義幸さん。
たくさんのお客さんに厨房はテキパキ動く
小さい時から、お店にいて、おいしそうに麦きりを食べ、帰っていくお客さんを見て「ありがとうございました」「いらっしゃいませ」の繰り返しだったと言います。東京も含めて長く県外に暮らしていた義幸さんですが、地のものが何もしなくても自然に入り込んでくる環境が鶴岡のすごくいいところだと言います。
そんな寝覚屋半兵衛では、和からしを薬味でお出ししているのも特徴です。
「辛味より風味のある和からしが最も麦きりには合うだろうと初代から続いています。和からしは庄内の在来作物でもあり農家さんから直接仕入れているんですよ。」
1枚ぶんの麦きり。薬味は和からし。
麦きりを愛している6代目
親や先代からは、すべての技術とこだわりを受け継いでいる、と義幸さん。季節による湿度や温度の変化に負けない麺作りと先代からずっと受け継がれたタレへのこだわり。さらには、時代により手に入るもの、入らないものがある中で守られる味への追及と、地元のお客様を大切にすることを忘れないでいきたいといいます。
お盆に帰省するときは麦きりを食べる、と言うご家族
土日ともなれば店内はたいそうにぎわいます。取材に行った日も店内は家族連れでいっぱいでした。技術を五感でさらに磨いていきたい、子どもにも半兵衛の味を守っていく自分の背中を見てほしいと、話す義幸さんは力強く、そしてキラキラ輝いていました。
(文・写真:稲田瑛乃)