鶴岡の食文化を紡ぐ人々

No.070 出羽三山の精進料理

 鶴岡市羽黒町手向 多聞館 土岐 智子さん 彰さん

 
 

 出羽三山の精進料理は、出羽三山の修験道によって育まれ、羽黒町手向(とうげ)地区で受け継がれてきました。この手向地区で約300年前から宿坊を営み、後に旅館に変わりながら、出羽三山の精進料理を提供している多聞館の土岐智子さんと彰さん親子にお話しを伺いました。

多聞館の前で智子さん彰さん親子

精進料理とは

 精進とは仏教において、手間を惜しまず結果を期待せずに力を尽くすことを指します。神道では外の穢(けが)れから身を絶ち、特定の空間に籠もることを示します。出羽三山の精進料理は、寺院で発展した精進料理と修験道の山伏の自給自足の食生活が融合して生まれました。月山の落ち葉の森とされるブナ帯で育まれた山菜や茸がふんだんに使われていることが特徴です。

多聞館と羽黒町手向地区の宿坊

   

 宿坊多聞坊は300年ほど前の江戸時代中期の創業といわれ、9代目となる彰さんの祖父の時代に、宿坊から多聞亭そして多聞館へと形態を変えつつ、地域の人々が集まる場(料理を提供する場所)を築きました。宿坊と旅館の違いについて質問すると、宿坊はそれぞれが神社として機能し、神前で祈祷し御札を出すことができ、講(※)に対して布教活動も行います。
 

 江戸時代には手向地区に約330軒の宿坊がありましたが、現在は28軒に減少し、その中で一般の客を受け入れるところとそうでないところに二極化してきています。
 

 多聞坊の講はかつて栃木県や東北各地に存在していましたが、高齢化やコミュニティの喪失、さらには東日本大震災の影響で現在は完全になくなってしまったそうです。現在の宿泊客層は主に個人ベースとなっており、全国各地や海外からも多聞館を利用しています。
 

出羽三山の宿坊での講(こう)とは、その地域ごとにお金を貯めて一年に一度、宿坊に泊まり出羽三山参りをする集まり(グループ)のことをいいます。

精進料理の一例

出羽三山の精進料理の特徴

  出羽三山を訪れる人々は、門前町である手向の「宿坊」に宿泊し、心身を浄めるために「精進潔斎(しょうじんけっさい)」を行います。この時に振る舞われる料理が「精進料理」です。出羽三山に伝わる精進料理の最大の特徴は、そこで使用される食材が山の恵みを受けたものであるということです。

 しかし、実際には長い間提供されてきた宿坊では「精進料理」という意識はなく、各宿坊で継承されてきた料理は、つまり各家庭の料理と同様に、それぞれの宿坊で提供されてきました。宿坊の敷地内で取れる旬のものや山の恵み(山菜や茸)を活用し、それらを乾燥や塩漬けにして保存しながら提供されてきました。このような食材の利用や保存についての知恵は、全国を行脚した羽黒山伏により集積されてきたとも考えられています。

ごま豆腐の調理の様子


あんかけのごま豆腐


 多聞館で昔から変わらず提供してきたものに、「ごま豆腐のあんかけ」と「山菜料理」があります。「多聞館のごま豆腐にはレシピがあるのか?」と尋ねると、レシピは存在せず、昔から材料の比率をお碗で測る作り方で伝わってきたきました。「白ごまを使用してごま豆腐を作り、あんをかけます。仏事の際には黒ごまのごま豆腐も作りますが、基本的には白ごまを使用します。ごま豆腐にあんをかけるのは庄内ならではの食べ方ですね。ですからお客様が連泊のときには、一日目はあんかけ、二日目はわさび醤油、ごまだれ、からし醤油など、さまざまな食べ方を紹介するようにしています」と智子さん。

 この「ごま豆腐」に関して、他の宿坊では家の敷地にくるみの木がある場合、「ごま豆腐」ではなく「くるみ豆腐」を作ることがあるそうです。また、あんに片栗粉を使うか葛を使うかも、それぞれの家庭で異なるそうです。


ごま豆腐にかける餡(あん)


山菜(ミズ)の下処理


 出羽三山の精進料理の品々には、出羽三山信仰に所縁ある場所の呼び名がついており、たとえば、月山筍の味噌煮を「月山の掛け小屋」とよんだりします。これは修験者の密教的な隠語の世界からきています。出羽三山を駆けようという人は、信仰と聖地をあらわす料理の説明を受けて一品一品を口に運びます。

出羽三山精進料理プロジェクトの幟


月山筍の下処理の様子


出羽三山精進料理プロジェクト

 201110月、フランスのパリとハンガリーのブダペストで行ったデモンストレーションで精進料理が好評だったことを契機に、20125月に手向地域の宿坊、旅館、茶屋、山小屋などの担い手たちにより「出羽三山精進料理プロジェクト」を立ち上げました。伝統の出羽三山精進料理を正しく受け継ぐとともに、精進料理の提供や情報発信を通じて出羽三山精進料理とその背景にある出羽三山の歴史や信仰・文化を広く国内外に伝えていくこを目的に活動を始めました。


出羽三山精進料理プロジェクト紹介チラシ(表)

 2012年には発足会が開かれ、それに続いて鶴岡食文化女性リポーターたちが集い、月山筍の味噌汁やごま豆腐を作りました。またこのとき、豆腐と山芋を擦ったものを海苔にのせて揚げる「湊揚げ」を復活させました。手向地区にいる宿坊のお母さんたちは、実はこのとき初めてよその宿坊の台所に入り、互いに提供している精進料理の情報共有をしたといいます。

  

 その後、 2014年鶴岡市がユネスコ食文化創造都市に認定され、201510月食をテーマにしたミラノ国際博覧会に出展、また翌年201610月ユネスコ本部(フランス・パリ)でPRイベントを実施しそこで出羽三山の精進料理を紹介しました。それまで手向地区の人には精進料理が観光PRのツールになるという認識が低かったのですが、それをブランド化したのが「出羽三山精進料理プロジェクト」なのです。精神文化を結びつけながら、出羽三山の精進料理のコンセプトを確立したのもこのときでした。

 

出羽三山精進料理プロジェクト紹介チラシ(裏)

これからの出羽三山精進料理について

 現在、出羽三山精進料理は少子高齢化や人手不足、山の食材の確保の難しさといった課題に直面しています。山の食材を扱う店が減少し、提供が難しくなっている中で、訪れる客層は以前とは異なり、個人客が増え、国内外から幅広い年齢層の方が訪れるようになりました。

鶴岡ガストロミーツーリズムの可能性~出羽三山精進料理を題材に~2023.11.13

 出羽三山精進料理プロジェクトでは、この出羽三山の精進料理を題材に「ガストロノミーツーリズムへの可能性」を模索しています。「ガストロノミーツーリズム」とは、その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的としたツーリズムのことをいいます。山そのものが信仰の対象であった出羽三山の精神文化とともにある出羽三山の精進料理を歴史的背景と共に提供することで、精進料理を核に据えた観光振興、そして地域発展を目指しています。

出羽三山精進料理と日本酒のマリアージュ

 しかしながら、地域だけではまかなえない課題も存在します。多様な国からの来訪者が増える中、地元の人の中には月山に登ったことがない人や出羽三山の精進料理を食べたことがない人が多いことに驚きます。土岐さんは、地元の人たちにも出羽三山の歴史と共に精進料理を伝え、将来的には、地元の人たちも含めた幅広い層に出羽三山の魅力を伝え、地域の持続可能な発展に寄与していきたいと考えています。

   2023年62日取材 文・写真 俵谷敦子 


 多聞館の情報は こちら から



出羽三山の精進料理

 出羽三山の精進料理の最大の特徴は、食材に山の恵みを受けたものを使っているというところです。


出羽三山の精進料理の一つ ごま豆腐

出羽三山精進料理プロジェクトについてはこちら


 
 

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