鶴岡
食のミュージアム

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食文化を紡ぐ人々 No.043 鶴岡市三光町 割烹 大多喜亭 大瀧慎さん

 
 

鶴岡に来た人が、様々な料理に触れる中で、初めて出会って驚いた、と言うものの上位にあがってくる「あんかけ」。中の具材は様々ですが、いちばんは庄内に春を告げる魚「鱒(マス)」と季節の素材の上にしっかりととろみのある甘いしょうゆ味のあんがかかっている「鱒のあんかけ」です。今回は割烹 大多喜亭の大瀧慎さんに、あんかけの文化と料亭のお話しをお伺いしました。

大多喜亭の料理人 大瀧慎さん

静かな佇まいの老舗料亭

大きな道から一本中に入った、内川がすぐわきを流れる割烹 大多喜亭さん。入口に一歩足を踏み入れると、少し空気が変わったような、特別な場所に来たように感じます。案内された厨房にお邪魔すると、準備されたあんかけの材料と、鱒、ニラ、ごま豆腐が並べられていました。行平鍋にあんの材料を手際よく順にいれていく慎さん。
料理人の中では当たり前のことなのだそうですが、あんをつくるとき、常に同じ向きでかきまぜ続けないとあんが液状に戻ってしまいます。しかも、火から下ろした後も、冷めるまでずっとかきまぜ続けます。そうしているうちに、おいしそうなつやが出はじめ、完成です。また、同時に鱒を蒸していました。

手早くあんをつくる

「マスは蒸すとやわらかいんで美味しいんですよね。ニラも季節ですし。若い人とか、外から鶴岡に来た人はあんかけの甘くてしょっぱいのが苦手な方もいるみたいですよ。」と慎さんは苦笑いしていました。


綺麗に盛り付けられた鱒のあんかけ。白いごま豆腐と季節のニラが添えられています。色合いが素敵だったので、つい「かわいいですね。」と言うと、「かわいい?どこがかわいいと思いましたか?」と言われ、失礼なことを言ってしまったかと、少しうろたえたのですが「ごま豆腐を作っているとき、かわいいな、と私も思ったんですよ。丸くて。」と慎さんがおっしゃったのを聞いて、一見クールそうな慎さんに優しさを垣間見ることができ、料理人は職人だと感じると同時に、話をお聞きしやすい雰囲気にほっとしました。

鱒のあんかけ(ごま豆腐とニラ、しょうがを添えて)

鶴岡天神祭と仕出し

“鶴岡の天神祭は、老若男女の別なく、派手な花模様の長襦袢に角帯を締め、尻をからげ、手ぬぐいと編み笠で顔を隠し、手に徳利と杯を持ち、無言で酒を振る舞う習わしで、通称「化けものまつり」として知られています。
この祭りは、学問の神様といわれる菅原道真公(845~903年)を祀る鶴岡天満宮のお祭りで、その昔、道真公が九州太宰府に配流された時、公を慕う人々が時の権力をはばかり、姿を変え顔を隠して密かに酒を酌み交わし、別れを惜しんだという言い伝えによるものです。

化けもの姿で、3年間誰にも知られずお参りができると、念願がかなうと言われており、往時には、会社や個人の家々に、化けものが上がり込み、酒などをふるまう姿が町のあちこちで見受けられました。“(鶴岡市観光連盟HPより)
天神祭は鶴岡でも大きな行事の一つ。この日は、家族親戚が集まります。いわゆる「ハレの日」と言われる日なのですが、こういった時に欠かせないのが仕出しです。特別な日には特別な料理を囲む、昔ながらの風習がある家では、料理屋などに仕出し料理を頼みます。

季節の仕出し料理

節目の祝い事や祭礼などで、寺社や家庭に届ける仕出し料理。京都と京から伝わった文化が残る地域にわずかあるのみで、意外と残っていないのだそうです。鶴岡は、その昔北前船によって伝わった仕出し料理の文化が今でも残っています。行事とつながりの深い仕出し料理なので、現在も様々な行事がある鶴岡では欠かせないものの一つになっています。大多喜亭さんでは今年の天神祭でも仕出しがあると言っていました。
実は、鱒のあんかけはこの仕出し料理の一品として定着し始めたのではないか、と考えられています。冷めてもおいしく頂けるのが仕出し料理の必須条件です。ぴったり当てはまるのが、あんかけと言うわけです。また、鱒は高級魚で、特別な時に口にするものです。それをおいしく食べるための工夫として、あんかけが組みあわされたのかもしれません。

北前船とあんかけ料理

厨房に立つ慎さん

あんかけ自体は、底冷えする京都で昔から愛されていた料理です。たとえば京都のうどんのメニューに「たぬきうどん」があるのですが、いわゆるきつねうどんにあんがかかったもの。また、山形県内だと山形市に「しっぽく」や「すっぽこ」と呼ばれる肉やかまぼこなどが入ったあんかけのうどんがあります。こちらもどうやら京都から伝わったと言われています。

鶴岡は北前船によってさまざまな今日の文化が持ち込まれた城下町なので、ハレの日にごちそうを食べるという文化が定着したと考えられます。新しい京文化よりも当時の昔ながらの文化の名残があるようです。

割烹 大多喜亭

昔は、職業や立場での身分の差はあったものの、食に関しては、ほとんどなかったと言われています。「あんかけは、はじめは料亭の料理・仕出し料理がスタートだと思います。厨房でたくさん作って余ったあんを料理人や店で働く人の家に持ち帰ることになり、そうめんやゆで卵など、一般家庭の食材にかけたりすることが、現在の鶴岡のそうめんのあんかけにもつながっているみたいです。」と慎さん。

これまでの献立を取り出して話す慎さんと進さん

元は川魚料理屋だった大多喜亭

いろいろお話を聞いていると、大多喜亭さんの昔のお話も出てきたので、親方の大瀧進さんもお呼びして少しお話をお聞きしました。

大正初期創業の「大多喜亭」は元々「臨川亭 大多喜」という名前で、川魚をメインで出す料亭でした。内川で獲れた魚を料理し、冬は庭の池で食用の鯉を飼っていたのだそうです。おおよそ30年くらい前から時代の変化と共に、川魚を喜んで食べる人が減り、徐々に川魚専門店でなくなっていったそうです。当時の献立ノートをみせていただくと、鱒、鯉、鮒、鮎、カジカなどの魚が提供されていたことがわかります。

色々な魚料理を出していたことがわかる

「いつも真夏の一番暑い時期、夜中の11時ころにゴリ(カジカのこと)を持ってくる温海の人がいて、ゴリは生きたまま焼かないとヒレが立たないからとにかく暑くて大変だった。鮒を背開きで口を割らないでさばいて、焼いて持ってくる人もいて、ほとんど生干しくらいに焼いておいて、べんけいに刺しておいたもんだ。注文が入るとそれを揚げるんだな。ほかにも店にはキンちゃんていう鮒を獲る名人がいて。アユ釣りはその人に教えてもらったんだ」と進さんは懐かしんでいました。

魚を刺しておく「べんけい」

お話をいろいろ聞いていると、慎さんも知らなかったような話も出てくる場面もあり、お二人でイキイキ会話されているのが印象的です。季節ごとの料理を作りながら2人の感性で料理を作っているのかもしれません。


現在は、親方の進さんと慎さんの二人が厨房に立ち、地元のお客様は家族の祝いやご接待、顔合わせの食事会などに利用されるほか旅行者も来店するとのことで、いつもと違う特別な時間を過ごしに多くの方がいらっしゃいます。


手先が器用だという慎さんはべんけいにも関心があるようでした

そんな歴史ある大多喜亭の料理人の慎さんですが、実は服飾の勉強をして、6年前鶴岡に戻ってきた経歴の持ち主。

「家の仕事を継げとも継ぐなとも親方からはいわれていなかった。元々鶴岡は嫌いではなかったし、鶴岡にいて厨房を手伝ううちに、洋服を通じてやりたかったことと料理を通じてできることが共通していると思い、鶴岡に居ることにしたんです。」
今は、川魚を扱っていた頃の料理を作ってみたり、鶴岡の行事食や伝統食を新しい視点や別な形で現代風にしてみたりしたいとのこと。

最近は、若手の料理人などの集まりもできつつあるということなので、新しい動きにもぜひ期待したいところです。

(文・写真:稲田瑛乃)

鱒のあんかけ

天神祭りの頃が季節です。
大多喜亭では鱒にごま豆腐とニラを合わせるが、提供する料理店によって様々。

割烹 大多喜亭

鶴岡市三光町2-36
0235-22-0637
http://www.otakitei.com/

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